NISHIKIの音楽写真館今まで撮影してきた音楽関係の写真を中心に音楽の事を紹介していきます!

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Mac OS X Snow Leopardを購入。 21:06
MacOSX10.6


昨日、会社帰りにMac OS X Snow Leopardを購入してきた。 

新しいOSなのにたったの3,300円で購入出来るというのが魅力だが! 

なんといっても64bitOSになったからだろうがメチャ早い! 

動作が機敏で使っていて楽しいと感じるから不思議ですね! 

ネットアクセスも画像を見るのも映像もスムーズで動作が速い!! 

これは分かっていたことだが実際に体験するとでは感じ方も違うね! 

このOS登場でMacも新しい時代が始まる。 

これからが楽しみです。 

今の段階では古い32bitのソフトなども問題なく動作してる 
しかも動作が早くなっているからなんとも不思議な気分です。 

やはり、MacOSはWindowsとは違い使うことで楽しくなるという 

気分になるのが不思議です。 

これからはMacを使うのも楽しみです。 

※写真はアップルからお借りしました。
| 情報紹介 | - | - | posted by KOKORI
音楽談話-その1 21:59
Steve Cropper 
※この写真は「Steve Cropper」です。リハーサルの時に撮影。
服装が私服なので本番ステージ上では違う服装ですが私服の写真は案外珍しいかもしれません。
撮影は1980年頃だと記憶。

そろそろと思いながらも中々進まないままでいたが時間を見つけてこれからあれこれと私が聞いてきた音楽について書いていこうとも思い付き連続して書いていく事にした。
ブログの中でこれまで個人で撮影してきたミュージシャンの写真を公開しているが読み物として写真も付属するような内容で撮影した当時の時代も含めて書こうという気になったからです。どこからスタートしたものかと思いながら頭の中を整理しながらの結論は自分の音楽体験の原点からあれこれと書いていこうとおもう。

さて、私が音楽を聴くようになったのはやはり私の兄の影響が強いと思う当時私がまだ中学生の頃高校生だった兄は何に影響されたのか分からないけれど高校の同級生たちとバンドを結成し演奏活動を始めた。この事がかなり私には刺激的な出来事であり大きくその後にも影響したのではないかと思う。
私が育った場所は東京からも遠く離れた田舎であり当時はラジオの深夜放送で聴くロックしか実体験出来る音楽環境は無かった。
当然テレビで放送してる歌謡曲や演歌などは見たり聴いたりはしていたのだが私はそうした音楽にはあまり関心が持てなかった。
当時、購入したレコードはスパイダーズのシングル盤1枚だと記憶している。
当然ながら貧乏な私の家ではLPなど購入出来る余裕もないし私がもらえる小遣いなどではとても買えるほどの額ではなく仕方がないのでラジオの深夜に放送していたオールナイトニッポンなどでかかるロックミュージックに次第に心惹かれていった。

やがて高校を卒業後に知り合った高校生が同じように、いやそれ以上にロックに滅茶苦茶詳しい音楽知識を持っていた。
年齢的には私が19歳で彼が17歳だったのだが私の知識以上にその知識量には驚いてしまった。その彼から紹介された1冊の雑誌がまだまだ創刊されて数年経過していた「ニュー・ミュージック・マガジン」であった。当時は確か450円ぐらいだったとのではないかと記憶している。当時のシングル盤レコードと同じ金額だったと記憶している。
それと時を同じくして彼に教えてもらったというか彼の自宅だったかどうか忘れてしまったが当時のNHKの総合で日曜の昼間に再放送だと思うのだが「ヤングミュージック・ショー」という番組が月間1回というペースで放送しいてロックを中心にした音楽のステージの映像を45分間にまとめて紹介していた。
そこで私が初めて見て聴いたロックがCCRのステージだった。

それは、もう衝撃でした。カラーであったかどうかさえも覚えてはいないぐらいに大きなインパクトを受け、興奮してしまった。
なんというか、血が騒ぐという言葉がいちばん近いのかもしれない。
そして、その日からロックを中心とした音楽が私の生活の中にとても重要な存在として位置付けられたのでした。
それから35年以上経過した今では聴く音楽は広くなったのだが雑誌名は変わり「ミュージック・マガジン」となり編集長も「中村とうよう」氏から「高橋」氏へと変ったが今でも35年以上も休まず購読して読み続けている音楽誌となっている。凄いですね〜!
いや〜、自分でも呆れるぐらい読み続けていたものだと思う。

| 音楽写真館 | - | - | posted by KOKORI
忌野清志郎氏死去。58歳の生涯。 12:05
RCサクセション

ロックバンド「RCサクセション」やソロのボーカリストとして活躍した歌手忌野(いまわの)
清志郎(きよしろう)(本名・栗原(くりはら)清志(きよし))氏が2日、がん性リンパ管症のた
め、都内の病院で亡くなった。58歳の生涯でした。残念です。

なんだか早い気がしますね。同じ50代でもあり年齢が近いこともあり寂しい気分です。
まだまだ現役で頑張って欲しかったのですが…。

RCサクセションや忌野清志郎氏の特別なファンという訳ではないけれども同年代としては
まだまだ現役で頑張っていて欲しい気がしますが残念ですね…。
彼の音楽は写真のアルバムを購入しただけで、後はカセットテープで数本ラジオから録音
したものが有るだけです。
ガンであるという事は知っていたが、先月だったか3月だったか忘れたけれども来日してい
た「MG's」のステージにゲストで歌ったとか聞いていたので頑張っているな〜と、思って
いただけにニュース報道にビックリしてしまいました。

まだまだ60代、70代とストーンズに負けないで頑張って欲しい気がしてなりませんが、
残念です。
しばらくは聞いていなかったが改めて彼の音楽を聞きご冥福を祈ることにします。
しかし、本当に早過ぎるね。非常に残念です…。

| 日本のミュージシャン | - | - | posted by KOKORI
ザ・ローリング・ストーンズの新作 20:31
ザ・ローリング・ストーンズ

ザ・ローリング・ストーンズ×マーティン・スコセッシ
「シャイン・ア・ライト」オリジナル・サウンドトラック
Rolling Stones Martin Scorsese SHINE A LIGHT

久ぶりにというか数年ぶりにザ・ローリング・ストーンズの音楽を
購入して聞いた。前回はベスト版の最新デジタルリマスターで過去
の曲を新しく構成したCD2枚組のベスト版だった。

しかし、今回は金額的にも安いのでiTunes Storeで購入した。
まあ、あまり期待はしていなかったが映画の評判が良いし会社の
同僚が映画を見て非常に良かったと言っていたので購入した。

私の場合は聞くのがiPodでありiPhone3Gとなるので音質的にもだ
があまり期待はしていなかった。それというのも過去のCDでもそう
だがiPodなどで聞くとなんだか気が抜けたような感じのする音であ
り聞かなくなっていたからだ。リマスター盤ではあるが音源が古いと
ダメなのだろうと思っていたので今回のアルバムも期待していない
ために購入しないでいた。

だが、私の周りでも評判がいいので「それなら試してみるか」という
つもりで金額的に安いのでiTunes Storeでの購入にした。
そんな気持でいたので期待しないで聞き始めてびっくりやら嬉しい
やら彼らのサウンドにハマってしまいました。
もうすぐ70歳を迎えようという爺さんロッカー達のサウンドとは思え
ないほどにパワフルでクリアな音にもビックリしてしまった。

考えてみたら私はどちらかというと異端な性格なのでビートルズ派で
はなくどちらかというとローリングストーンズ派であり若い頃からも
あまりビートルズは好きではなかった方だ。
こう書くとビートルズ派の方々からはなんだかんだと攻撃されるとも
思うのだが私の感性ではそう感じてしまったから仕方がない。
かと言ってローリングストーンズもマニアックにまで好きという訳で
もなかったがローリングストーンズのレコードやCDは複数購入した。
しかし、ビートルズのレコードもCDも私は購入した事が無い。
だが、ジョージとジョンのソロアルバムは購入し聞いてきた。

今回のローリングストーンズのアルバムは映画を制作した過程でよく
あるサントラ盤として発売されたものであるため、ある種オマケ的に
感じていたのでそんなに期待していなかったが非常に良かった。
サウンドのクオリティがいいというのも良いが今回の演奏はとにかく
黒い、そうブラックミュージックのエキスを感じさせてくれたのです。
過去の彼達の音楽にはブルースのエキスがあったしパワフルと同時に
渋さも感じられる音楽だったから好きになったのかもしれない。

いやいや、とにかく久しぶりに感動したし興奮した音楽でした。
オヤジロッカー達の底力を聞いたような気がして元気をもらいました。
もちろん彼らだけではなくサポートメンバーの参加も大きくいい影響を
演奏に反映出来たのだろう。
同時期に同じ年代のグループであるCSN&Yのライブ版も出たがのだが
こちらの映画として撮影公開されているがやはり老いを感じるアルバム
なのだがローリングストーンズはまだまだ元気だという事が分かる音楽
でなによりもそうした姿勢に驚くばかりです。
まだまだ、彼らには元気で頑張って欲しいと思うし可能ならロック最高
年齢でのアルバムを制作して欲しいと願います。


| 情報紹介 | - | - | posted by KOKORI
新年明けましておめでとう。 00:48
2009年賀

遅くなりましたが改めて、新年明けましておめでとう。

皆さん昨年は色々とありがとうございました。
私は昨年末に自宅Macの故障で急遽新型Macを購入する事になり
世界経済同様に当方の財政もマイナスもマイナスの状態で日々
青息吐息でございます。

勤務する会社では今年より内部改革が実施されて、新設のSP事業部へ
新年から所属となりました。
クリエイティブ以外の仕事も含めて多様に担当することになり。
印刷管理から営業も含めてマルチにやることになるようです。
こうした社内改革は昨年の2008年も赤字となったからです。
昨年12月にはリストラが実施された事で3名が退社。
2009年の半期が赤字の場合には再度リストラが実施されると事が
会社から明言されました。厳しい時代です。

100年に1度の深刻な経済状態と言いリストラの増大にはなんだか
経営者失格を個人的には感じてしまいます。
トヨタにしても2007年あれだけ儲けた企業なのに簡単に実施するのは
なんか変な気がします。記憶ではトヨタの純利は過去最高の2兆円とか
このお金はいったい何所へいったのでしょう?
急速にリストラする必要があったのだろうか去年の利益の一部を使う
ことは出来なかったのだろうか?疑問に感じますね!

今年は、他人事ではなく明日は我が身という思いを強くしています。
私のようなクリエイティブ部門は営業の補助部署的な思考が経営者に
あるようですから困ったものです。勘違い経営者が多いから困ります。

この三連休は少し個人的にあれこれ考えたいと思いパソコンを操作
したりネットを見るぐらいで外出しないで自宅で考え事をしていま
した。今後はなんとか自立する方向で頑張ってみるつもりです。
大変な年ですが皆さん今年もよろしくお願い致します。

●画像は今年の個人用年賀状にと6日やっと完成したものです。
 利用の写真は全て過去80年代に個人で撮影した写真です。
 ご覧いただけたら嬉しいです。

JUGEMテーマ:日記・一般


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「ブルースギターマスター」塩次伸二氏死去。 17:44
塩次信二

塩次 伸二氏(しおつぐ・しんじ)氏が19日午前0時20分、心不全のため栃木県佐野市の病院で死去、57歳。福岡県出身。
葬儀・告別式は21日午前9時から栃木県佐野市富岡町184の1、セレモニーホール佐野東で。喪主は兄泰久(やすひさ)氏。

18日に佐野市で予定していたライブの前に、体調が急変して病院に運ばれたが治療も虚しくそのままに死亡された。

私がまだ、20代の時に音楽好きな兄が持っていた“ウエスト・ロード・ブルース・バンド”のレコードで彼、塩次氏の存在を知り、以後私のブルース愛好が始まりました。
塩次氏を最初に見たのは私が20代で京都のライブハウス拾得だった。
その後は日比谷野音や下北沢などのライブハウスなどや野外フェスなど5〜6回は彼の
ギター演奏を生で見た記憶がある。
その後私は黒人の本物のブルースへと嗜好が向かい塩次氏の存在は記事などで見る
ことぐらいでしたが彼の存在が大きくブルースという音楽愛好するキッカケであった。
年齢的にもまだまだこれから活躍出来ると思うと残念です。
このブログでも1度彼の写真を紹介しているが改めてその写真をご紹介します。
もう30年ぐらい前に撮影したので塩次氏がまだ若いですね。

塩次伸二プロフィール
1951年福岡県に生まれる。
'71年京都にて“ウエスト・ロード・ブルース・バンド”結成。
'72年のB.B.キング大阪公演のオープニング・アクトを始めとし、精力的な活動で一躍日本中にブルース・ブームを巻き起こす。
同時にバーボン・レコードより『ブルース・パワー』('74年)、『ライヴ・イン・京都』('75年)などのアルバムをリリース、ブルース・ミュージックに対する深い造詣とフィーリングに満ちたプレイに高い評価が集まる。'75年ウエスト・ロード・ブルース・バンド脱退。ソロ活動に入る。
“しいちゃんブラザーズ”、“ダウンホーマーズ”などへの参加を始め、'79年の渡米では、サンフランシスコ・ブルース・フェスティバルにも出演、地元音楽誌の賞賛を受ける。さらにジャンルを越えたさまざまなアーティストとのレコーディング、セッション等
に数多く参加。
深いブルース・フィーリングに対する信頼は厚く、国内アーティストのみならず、故バレリー・ウィントン、シル・ジョンスン、エディ・クリア・ウォーターなど海外のアーティストからも絶対の信頼と評価を得る。
'87年初のソロ・シングル『ビッグ・タウン・ブルー』をリリース。
さらに'90年のネルソン・マンデラ氏来日歓迎コンサートでは音楽制作監督を務めるなど、演奏活動だけではない幅広い活動を展開。
'91年より自身のリーダーズ・セッションである“ブルース・オン・ザ・コーナー”をスタート。
ブルージーかつジャージーなサウンドで独自のスタイルを確立。'93年初のリーダーズ・アルバムである『クッキング・ウィズB-3』をリリース。チャールズ・アーランドと共演。
'94年水越恵子『ザ・スケッチ・オブ・ア・ウーマン』にサウンド・プロデューサー、アレンジャーとして全面的に参加、ジャンルの枠に捕われることのない深い音楽性が高い評価を得る。
'95年『WESTROAD BLUES BAND LIVE IN NEW YORK』 、
'96年『BLACK MUSIC FROM JIROKICHI』 をリリース。
'98年にはTV番組「神々の宴」でB.B.Kingと共演する。
'99年バーナード・パーディーのエディュケーショナル・コンサートにミュージシャンの強い要望により参加。
2000年、崔洋一監督の出演するNHKの番組「古都が生んだブルース」に70年代ブルースの立て役者として出演。
現在は、ポール・ジャクソン(B)、マ−ティー・ブレイシー(Dr)、小島良喜(P)のメンバーでBAD BOYS BLUES BANDをはじめとし、自身のセッション・バンド“ブルース・アンボセリ”のリーダーとして、さまざまな活動を展開。
活動の幅をさらに広げつつも、自身のルーツであるブルース・ミュージックに常にこだわり、『現在』のブルースをプレイし続ける彼の今後には一層の期待が集まっていた。
JUGEMテーマ:音楽


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